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広島地方裁判所福山支部 平成元年(ワ)319号 判決 1991年1月25日

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

一  原告ら

(一)  被告は原告らに対し、それぞれ金二五〇万円及びこれに対する平成元年五月一四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第(一)項につき仮執行宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二  主張

一  請求原因

(一)  被告と訴外渡辺景二(以下、訴外渡辺という。)とは、左記の通り、搭乗者傷害保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

1 契約日   昭和六二年五月二四日

2 証券番号  五七五―〇〇一―三五六―〇八

3 保険者   被告

4 保険契約者 訴外渡辺

5 保険期間  昭和六二年五月二四日午後四時から同六三年五月二四日午後四時まで

6 被保険者  登録番号・福山五六ろ六八二九の自動車(以下、本件被保険車という。)の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者

7 死亡保険金 五〇〇万円

8 死亡保険金 被保険者

受取人

(二)  訴外渡辺は、昭和六二年一〇月四日、本件被保険車を運転して福山市引野町所在の国道二号線において西方に向けて転回中、後方を走行していた訴外倉重屋友行運転の大型貨物車に追突され、本件被保険車の後部座席に同乗していた訴外亡小田美千代(以下、亡美千代という。)は車外に逸脱し、脳挫傷等の傷害を負い、同年一〇月六日死亡した。

(三)  亡美千代の死亡により、その両親である原告らが共同相続人(持分各二分の一)となった。

(四)  亡美千代は本件保険契約における被保険者に該当し、本件被保険車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、事故発生の日から一八〇日以内に死亡したのであるから、被告は原告らに対し、前記死亡保険金五〇〇万円を支払う義務がある。

(五)  よって、原告らは被告に対し、申立記載の各金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)、(三)の各事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、原告ら主張の日時に、その主張にかかる事故が発生したこと及び亡美千代が死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同(四)の主張は争う。

三  被告の主張

(一)  本件保険契約の被保険者は「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」であるところ、右「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、道路交通法五五条一項所定の「乗車のために設備された場所」ないしは道路運送車両の保安基準二〇条一項所定の「乗車人員が動揺、衝撃等により転落又は転倒することなく安全な乗車を確保できる構造の場所」をいうものとされており具体的には運転席、客室内の座席及びつり革、にぎり棒等を有するバスの立席、二輪自動車の後部座席で、握り手及び足掛けを有するもの等がこれに該当するものとされている。そして一方、もともと人間が搭乗することが予定されていない乗用車のトランク、貨物自動車の荷台等は、右場所に該当しないものとされている。そして、右場所の典型例である「座席」については、保安基準において、特に右「座席」の構造、大きさにつき、詳細に基準を設けている。

ところで、右のように本件保険契約の被保険者を限定したのは、正規の乗車場所以外の場所に乗車している人の場合は、その生命、身体に対する危険も大きく、又、保安上の観点からも、保険保護の対象となる資格に欠けるものとされている。

これをさらに付言すると、本件保険契約は、正規の乗車用構造装置のもつ安全性を前提として、その構造装置のある場所に、これに搭乗中の者の接している平均的危険を基礎として、成立しているものである。従って、右保険成立の基礎を前提とすれば、その「正規の乗車用構造装置のある場所」及び「同所に搭乗中の者」すなわち被保険者の各意義も、右趣旨に沿ってその認定は限定的に解釈されるべきものとされている。右の結果、搭乗することが法令により禁じられている場所、たとえば、原動機付自転車の後部荷台等も右正規の乗車用構造装置のある場所に該当しない。

(二)  本件被保険者はグロリアワゴン五四年式であるが、同車は後部座席を倒して、荷台として使用することができる、いわゆる貨客兼用車であって、本件事故以前から、訴外渡辺は右後部座席を全て倒して、平らにし、荷台として使用しており、右事故当時も右場所に荷物を積んでいた。

そして、本件事故当時、亡美千代は、右後部座席を倒して荷台として使用されている場所に寝ころんで乗車し、右乗車中に本件事故に遭遇、詳細は必ずしも明確でないが、本件事故の際の衝撃その他に起因して、本件車両の後部ドアが開き、亡美千代は路上に投げ出され、その結果、脳挫傷等の傷害を負い、死亡するに至ったものと推認される。

右各事実に照らせば、亡美千代の乗車していた場所はいわゆる荷台であって、「正規の乗車用構造装置のある場所」に該当せず、又、亡美千代も右要件に該当する場所に「搭乗中の者」とはいえず、被告には、本件保険金の支払義務は存しないことは明白である。

四  被告の主張に対する原告らの反論

(一)  本件保険契約における被保険者は「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」であるが、右「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、被告主張の通り、道路交通法五五条一項にいう「乗車のために設備された場所」と同義と解してよいが、道路運送車両の保安基準二〇条にいう「乗車人員が動揺・衝撃等により転落又は転倒することなく安全な乗車を確保できる構造の場所」と同義に解すべきではない。「正規の乗車用構造装置のある場所」の実質的な意義は保安基準を参考にしながら社会通念によって定めるべきである。「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、通常、人が乗車を許容されている場所と解すべきであり、全く安全な場所と言うものではない。「正規の」と規定されているのは同法五五条一項但書で人の搭乗が許容されている荷台への搭乗やいわゆる「箱乗り」等明らかに危険の大きいものを排除するためである。保険数理上保険事故発生の危険が有意に高いとすることが被告において本件につき免責を主張する唯一の根拠と考えられるが、前記の通り「正規の乗車用構造装置のある場所」の物理的状態・機能的状態や通常人のなすであろう文言解釈等に右危険の程度を考慮にいれて座席の背もたれを倒した状態が「正規の乗車用構造装置のある場所」に該当するか否か判断すべきである上、被告は右危険の程度につき具体的立証をなさないのであるからいずれにしても本件請求が認められるべきである。

なお、被告は本件事故以前から本件被保険車の後部座席の背もたれが倒されて荷物がおかれていたことをもって後部座席が荷台であると主張しているが、本件被保険車の後部座席は人が搭乗することを原則的に禁止されているものではなく、人の搭乗を予定しているものであり、亡美千代も人の搭乗してもよい座席と解してこれを利用したものであるから、右被告の主張は失当である。また、本件保険契約の被保険者は「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」とされているのであり、「正規の乗車用構造装置を正規の用法に従い用いて搭乗中の者」と定めていないのである。

(二)  損害保険契約はいわゆる附合契約であり、その約款に明白な一義性のないときは被保険者に有利に解釈すべきであり、このことは判例上一般に行われており(例えば保険契約につき重複保険契約の不告知等を理由として解除する場合モラルリスクの存在を必要とする)、本件の場合も右同様の解釈をすべきである。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因(一)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実中、原告ら主張の日時に、その主張にかかる事故が発生したこと及び亡美千代が死亡したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二、第八、第一〇ないし第一三号証、乙第三、第四、第六号証によれば、次の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(一)  本件被保険車は日産グロリアワゴン五四年式であり、同車は後部座席を倒して荷台として使用することができる、いわゆる貨客兼用車であって、本件事故当時も訴外渡辺は本件被保険車の後部座席を倒して、平らにし、その上に商品である洗剤、鍋等を積んでいた。

(二)  昭和六二年一〇月三日午後一一時頃、訴外渡辺は友人である訴外甲斐孝吉、亡美千代ともに本件事故現場付近のビリヤードで遊び、翌四日午前一時頃帰路につく際、訴外渡辺が本件被保険車を運転し、訴外甲斐は助手席に、亡美千代は後部座席を倒して荷台として使用されている場所に少し体を起こした状態で横たわって、それぞれ乗車し、本件事故現場に至ったところ、訴外倉重屋運転の大型貨物車に追突され、その衝撃により、本件被保険車の後部ドアが開き、積んであった前記商品と共に、亡美千代が路上に投げ出され、脳挫傷等の傷害を負い、同月六日、死亡した。

運転席にいた訴外渡辺、助手席に同乗していた訴外甲斐は、ともに外傷はなく、訴外甲斐は頸椎捻挫の傷害を負い、同月九日まで通院治療を受けた。

三  そこで、亡美千代が本件保険契約にいう被保険者に該当するか否か、すなわち亡美千代は本件被保険車の「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」といえるか否かについて検討する。

ところで、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」とは、当該乗車用構造装置の本来の用法によって搭乗中の者をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみれば、前記認定によれば、本件被保険車は貨客兼用車であるところ、訴外渡辺において、その後部座席を倒して平らにし、その上に商品である洗剤等を積み、後部座席を座席として使用せず、荷台として使用していた際、亡美千代は、右場所に、少し体を起こした状態で横たわって乗車していたのであるから、乗車用構造装置の本来の用法によって搭乗中の者ということはできず「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものというべきである。

四  そうすると、亡美千代は本件保険契約における被保険車に該当しないから、被告は原告らに対し、本件保険金の支払義務はないこととなる。

よって、原告らの本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文の通り判決する。

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